このページの要点
- 個別契約・仕様書・システム登録の優先は、日常の取引条件に限り、価格改定・品質保証・不適合・回収・賠償は基本契約を優先させる。
- システム登録は、確認できるようになってから5営業日以内に異議がなければ確定する、という確認と異議の手続を置く。
- 共通条件が「都度協議」だけの基本契約は空洞。個別契約の成立・価格の基準・検収・支払・不適合を先に書く。
- 既存の覚書・議事録は、残すもの・吸収するもの・効力を失わせるものに分け、完全合意条項は列挙型にする。
結論:基本契約は「注文のたびに数量・納期・価格だけ決めればよい状態」を作る書類
取引基本契約書(売買基本契約書、製造委託基本契約書と呼ぶこともあります)は、同じ相手と繰り返し物を売り買いしたり、製造を頼んだりするときに、毎回の取引に共通する条件をまとめて先に決めておく契約です。これに対して、注文書と注文請書、発注システムの登録などで一回ごとに数量・納期・価格を決めるものを「個別契約」と呼びます。基本契約がきちんと機能していれば、個別契約の側では数量・納期・価格だけ決めればよく、検査のやり方、不良が出たときの扱い、支払期日、所有権が移る時期は基本契約が自動的に引き受けます。
アトラス行政書士法人が作成・レビューしてきた事業者間の商品取引の契約書を並べると、トラブルの芽は二つの型に集約されます。一つは、基本契約で丁寧に決めた条件が、個別契約や相手方のシステムへの登録、発注書の「特約事項」欄によって、後から上書きされてしまう型です。もう一つは、表題は「基本契約」なのに、肝心の共通条件が「都度協議」とだけ書かれていて、実は何も決まっていない型です。前者は基本契約の努力を無にし、後者は基本契約を置く意味そのものをなくします。
このページでは、基本契約と個別契約・仕様書・覚書の優先関係を中心に、基本契約の骨格の組み方を整理します。個別契約がいつ成立するかは個別契約の成立とみなし承諾、検査の日数は検収条項と商法526条、価格の決め方は価格・価格改定・支払条件のページで掘り下げます。
優先関係:「個別契約が優先する」の一文が、責任条項まで飲み込む
多くの基本契約には「個別契約の定めが本契約と異なるときは、個別契約が優先する」という条項が置かれています。数量や納期の取り決めを個別に変えられるようにする趣旨で、それ自体は合理的です。問題は、この優先が何にでも及ぶ書き方になっているときです。
大型小売店のPB(プライベートブランド。小売業者が自社の商標を付けて販売する商品)を受託製造する事業者から依頼を受け、相手方提示の製造委託基本契約書(本文と複数の別紙からなるもの)をレビューした案件では、次の三つの仕組みが重なっていました。第一に、商品ごとの「商品マスタ登録」と仕様書の内容が、基本契約の他の条項に優先すると定められていました。第二に、そのマスタ登録は委託者の商談システムに委託者が登録するだけで作成され、受注者はそれをダウンロードして保管するだけの手順でした。第三に、単価もマスタ登録で決まる定めでした。加えて、発注書式には「特約事項」欄があり、受注者が承諾欄に押印すれば、個別契約の優先によって基本契約に勝つ作りでした。
この組合せでは、基本契約の責任条項をどれだけ修正しても、後日のマスタ登録一つで上書きされます。事務所の報告書では、この点を最初に取り上げ、修正提案のすべての前提になる論点として位置付けました。
事務所の改訂例 マスタ登録・特約事項欄の優先を限定する
仕様書・マスタ登録の優先範囲
理由仕様・数量・納期の日常運用は従前どおり個別に決められるので、委託者の実務を妨げない。優先を外すのは責任条項に限る、という説明が通りやすい形です。
マスタ登録の内容の確定
理由一方的な登録を契約内容にしない一方、異議のない登録は速やかに確定させ、委託者の事務の遅れも防ぎます。
発注書の特約事項欄
理由受注の事務担当者が承諾欄に押印しただけで、責任条項が書き換わる事態を防ぎます。
仕様書の原本の保管
理由後日、仕様の内容が争いになったときに、受注者の手元に確定版がない状態を避けます。
相手方(買主)提示の物品購入・業務委託の基本契約を売主の立場でレビューした別の案件でも、個別契約の一部に「発注システムの記録」が含まれていました。売主が内容を確認・承諾する手順のない記録が、契約条件として扱われ得る作りです。事務所の指摘は、記録が契約条件になる前に売主が確認できる手続を置くこと、つまり「どの記録を、いつ、誰が確認したら合意になるのか」を書くことでした。システムの登録や電子受発注そのものが悪いのではなく、確認と異議の手続が書かれていないことが問題です。
条文例 第○条(本契約と個別契約等の関係)
- 本契約は、甲乙間の本製品の取引に関する共通の条件を定めるものとし、個別契約に別段の定めがある場合を除き、すべての個別契約に適用される。
- 個別契約、仕様書又は甲の受発注システムへの登録内容が本契約の定めと異なるときは、個別契約等の定めが優先する。ただし、価格の改定、品質保証、契約不適合責任、製品の回収及び損害賠償に関する本契約の定めと抵触する部分については、本契約の定めが優先する。
- 前項ただし書の事項について個別契約等により本契約と異なる定めをするには、その旨を明示した書面に甲乙双方が記名押印し、又はこれに準ずる方法により明示的に合意しなければならない。
「優先する」を一律にせず、日常の取引条件と責任条項とで分けるのが要点です。3項の手続がないと、ただし書があっても特約欄で再び上書きされ得ます。
優先条項を、受注側と発注側はどう見るか
受注側(売主・製造者)
- 責任条項(品質保証・不適合・回収・賠償・価格改定)は、基本契約が優先する形に戻す。
- システム登録や仕様書は、確認できるようになってから一定期間の異議の機会を置く。
- 特約事項欄・備考欄で基本契約を変えるには、双方の記名押印などの明示の合意を要件にする。
- 仕様書は双方が記名押印した原本を各自で保管し、改版の履歴を残す。
発注側(買主・委託者)
- 仕様・数量・納期は個別契約で機動的に変えられる余地を残す。
- 異議のない登録は短い期間で確定させ、単価の未確定状態を長引かせない。
- どの版の仕様書が最新かを書面で特定し、現場の口頭指示を契約内容にしない。
- 受注側の修正要求のうち、日常運用に影響しないものは受け入れて書面の明確化に使う。
同じ優先条項でも、立場によって守りたいものが違います。責任条項と日常の運用条件とを分けて書くと、双方の利益が衝突しにくくなります。
この整理は、受注側だけに有利な修正ではありません。発注側にとっても、責任条項がどの書類で決まるのかが明確になれば、担当者が替わったときや、取引先が増えて同じ書式を使い回すときに、社内での確認の手間が減ります。PBの案件で報告書に「委託者にとっても運用の明確化になる」と書き添えたのは、修正を求める理由を相手方の利益の言葉でも示すためです。基本契約の修正は、一方の利益だけを主張するより、双方の事務がどう楽になるかを示したほうが受け入れられやすくなります。
「都度協議」だけの基本契約は、実は何も決めていない
もう一つの型は、基本契約の中身が空洞になっているものです。共同開発した製品(特許を共同で出願中のもの)について、販売窓口の会社とその製造者との取引を定める基本契約を、窓口側の依頼でレビューした案件がありました。依頼者が作成した原案の表題は「委託加工取引に関する基本契約書」でしたが、原則となる取引ルートについて決まっていたのは、「乙は甲の依頼に基づき加工を行う」「条件は都度協議する」という2文だけでした。
事務所の報告書では、基本契約とは「個別契約で数量・納期・価格だけ決めればよい状態を作るためのもの」と位置付けたうえで、個別契約の成立方法、加工賃の基準、原料の支給、納期、検収、支払、不適合の扱いの各項目が空白になっていることを、図で一つずつ示しました。「都度協議」は柔軟に見えますが、実際には、最初の不良や支払遅延が起きた時点で、何に基づいて話し合うかの基準がない状態を意味します。協議がまとまらなければ、民法・商法の一般のルールに戻るだけで、当事者が想定していた取引の実情は反映されません。
依頼者からの回答で、原則ルートは「窓口の会社が原料を仕入れて製造者に売り、製造者が製造した製品を窓口の会社が仕入れて客先に売る」という売買の連鎖であることが確定しました。そこで改訂版では表題を「取引基本契約書」に改めています。委託加工(原料を預けて加工だけを頼む形)の表題のままでは、所有権がいつ移るのか、原料代と製品代をどう相殺するのかといった、売買の連鎖に必要な条項と表題が食い違うためです。改訂版では、注文書と請書による個別契約の成立、5営業日の異議なしで成立とみなす定め、個別契約の定めの優先、原料と製品それぞれの所有権・危険の移転、相殺、期限の利益の喪失を順に置きました。
基本契約に最低限置く共通条件(改訂版で埋めた項目)
| 項目 | 決めないと起きること | 改訂版での置き方 |
|---|---|---|
| 個別契約の成立 | 注文に返事をしないまま製造が進み、後で契約の有無が争いになる | 注文書と請書、5営業日以内の異議がなければ注文書の内容で成立 |
| 価格の基準 | 見積りのたびに一から交渉になり、値上げの根拠も示せない | 見積りの前提と改定の申入れの手続を置く |
| 原料の扱い | 支給なのか売買なのかが不明で、所有権と相殺の処理ができない | 原料の売買として代金・所有権・危険を定める |
| 検収 | 不良の指摘がいつまでも来る、又は短すぎて揉める | 検査期間・合格みなし・隠れた不適合の期間 |
| 支払 | 支払期日や遅延損害金がなく、督促の根拠が弱い | 締日・支払日・相殺・期限の利益の喪失 |
| 不適合 | 仕様起因か製造起因かで責任の押し付け合いになる | 追完・減額・賠償・解除と、免責される場合 |
表の各項目は、このサイトの各ページで詳しく扱っています。
覚書・議事録・他の契約との関係を条文で整理する
基本契約は、白紙の状態で結ばれるとは限りません。先ほどの共同開発の案件では、特許の持分や出願費用の分担を定めた覚書と、出願前の打合せを記録した議事録が先に存在していました。新しく基本契約を結ぶと、覚書・議事録・基本契約の三つの関係が問題になります。
改訂版では第3条でこれを整理しました。特許の管理は覚書、製品の取引は本契約が定めるものとし、両者が抵触するときは本契約が優先します。議事録は「協議の経過の記録」と位置付けたうえで、効力を残す項目を二つ(出願費用の折半と、国際出願は両社の合意による、という点)だけ確認しました。議事録の記載すべてに契約としての効力があるのか、記録にすぎないのかが曖昧なままだと、後日、都合のよい一文だけを取り出して主張し合う争いの種になるためです。
このとき注意したのが「完全合意条項」の書き方です。完全合意条項は、「本契約は本件に関する当事者間の完全な合意であり、従前の合意に優先する」と定めるもので、一般には契約書に置いておくのが無難とされます。しかし、この案件で一般的な書き方をすると、存続させたい覚書まで消えてしまいます。そこで改訂版では、本契約が優先する従前の合意を列挙する形に限定し、覚書は消えないようにしました。基本契約を結ぶときは、相手方との間に既にある覚書・念書・メールでの合意を洗い出し、残すもの・本契約に吸収するもの・効力を失わせるものを分けておく必要があります。
条文例 第○条(覚書等との関係)
- 甲及び乙は、本製品に係る特許出願及び特許権の管理については甲乙間の覚書(以下「本覚書」という。)が、本製品の取引については本契約が、それぞれ定めることを確認する。
- 本覚書と本契約の定めが抵触するときは、本製品の取引に関する限り、本契約の定めが優先する。
- 甲乙間で作成された打合せの議事録は協議の経過を記録したものとし、次に掲げる事項を除き、甲乙を拘束する合意としての効力を有しない。(一)出願費用を甲乙が折半して負担すること(二)国際出願は甲乙の合意により行うこと
覚書の名称・日付は実際の書類で特定します。完全合意条項を置く場合は、本条で残すと定めた覚書を消さない文言にそろえます。
一体型の契約書と、単発で終わる取引の扱い
基本契約と個別契約を別々の書類にせず、1通で両方の性格を持たせる設計もあります。電子部品を組み込んだ製品の売主から依頼を受けて作成した売買契約書では、前文で「継続的・単発を問わず取引全体に適用される基本契約としての性格と、個別売買契約書としての性格の両方を持つ一体型」であると宣言しました。最初の取引の内容(製品・数量・価格)は契約書の中で定め、2回目以降は発注書で数量・納期を決めます。
一体型で必ず決めておくのが、契約がいつ終わるかです。取引が1回で終わった場合は、納品と検収が完了した時点で契約が終了し、継続した場合は1年ごとに自動更新する、という二段の定めを置きました。この定めがないと、1回きりのつもりだった取引の後も秘密保持や競業の制限がいつまで続くのかが分からず、反対に継続した場合には更新の根拠がなくなります。小さな事業者どうしで、最初は試験的に1回だけ取引する場面では、一体型のほうが書類を作る負担が軽く、実情にも合います。
一体型・別書類型のどちらでも、基本契約の側に置くべきなのは「回を重ねても変わらない条件」です。製品の仕様のように回ごとに変わり得るものは別紙や仕様書に出し、別紙の変更手続を本文に書いておきます。食品の委託販売の案件では、依頼者が原案に「商品名を全部入れるのは無しの方がよい(追加・価格変更のたびに契約書を確認する必要があるから)」とコメントしていたため、整備版では商品リストを別紙にし、書面で随時追加・改定できる形にしました。
ヒヤリングで最初に確かめること
基本契約の作成やレビューのご依頼では、条文を読む前に、取引の実態を確かめます。誰が誰に何を売るのか、原料は誰が用意するのか、という骨格が違えば、同じ「基本契約」でも置くべき条項が変わるからです。
ヒヤリング控取引基本契約の骨格
- 物の流れは「売買」「製造委託」「委託加工」「委託販売」のどれですか。表題と条項の組合せが決まります。原料を売り渡すのか預けるのかで、所有権・危険・相殺の条項の有無が変わります。
- 個別契約は何で成立させていますか(注文書と請書、メール、発注システム)。成立の方法と、システムの登録内容を誰がいつ確認するかを条文に落とします。
- 相手方との間に、既に覚書・念書・議事録・取引条件書はありますか。残すもの・吸収するもの・効力を失わせるものを仕分け、完全合意条項の書き方を決めます。
- 発注書の書式に「特約事項」「備考」欄はありますか。誰が承諾の押印をしますか。現場の押印で責任条項が変わらないよう、変更に要する手続を決めます。
- 取引は継続を予定していますか、まず1回だけですか。一体型にするか、別書類にするか、終了と更新の定めをどうするかが決まります。
- 相手方提示の原案ですか、自社で用意する原案ですか。相手方の原案なら、修正を求める項目に優先順位を付け、理由を添えた一覧にします。
相手方提示の原案をレビューする場合、事務所は、修正をお願いする項目と、確認として持ち出すだけの項目を分けて整理します。共同開発の案件でも、相手方に示す説明書の一章を使って「確認として持ち出す点」と「変更のお願い」を仕分けました。すべてを修正要求として並べると、肝心の優先関係の修正まで通りにくくなるためです。
起きがちなこと
基本契約の骨格が固まったら、個々の条項を詰めていきます。発注に返事をしなかった場合の扱いは個別契約の成立のページ、製造委託で取適法がかかるかどうかの判定は取適法と継続的取引の終了のページ、OEMの金型や知的財産の帰属はOEM特有の論点のページをご覧ください。
よくあるご質問
基本契約と注文書の内容が違ったら、どちらが優先しますか?
契約書の優先条項によります。多くの基本契約は個別契約(注文書)を優先させていますが、その優先が責任条項にまで及ぶと、基本契約で決めた品質保証や賠償の上限が注文書で上書きされます。価格改定・品質保証・契約不適合・回収・損害賠償については基本契約を優先させ、変更するには双方の明示の合意を要する、と書き分ける設計があります。
相手方のシステムに登録された単価に、同意した覚えがない場合はどうなりますか?
契約書が「システムへの登録内容が契約内容になる」と定めていると、登録だけで単価が決まると主張される余地があります。登録内容を確認できるようになった日から5営業日以内に異議を述べなければ確定する、という確認と異議の手続を置けば、一方的な登録を契約内容にせず、異議のない登録は速やかに確定させられます。
「都度協議」と書いておけば柔軟でよいのではありませんか?
協議がまとまっている間は困りませんが、最初の不良や支払遅延の時点で、何に基づいて話し合うかの基準がない状態になります。協議がまとまらなければ民法・商法の一般のルールに戻るだけです。基本契約には、個別契約の成立、価格の基準、検収、支払、不適合の扱いを先に書いておきます。
既に結んでいる覚書がある相手と基本契約を結ぶと、覚書はどうなりますか?
完全合意条項を一般的な文言で置くと、覚書まで効力を失うと読まれるおそれがあります。覚書が定める事項と基本契約が定める事項を分け、抵触するときの優先関係を書き、完全合意条項は本契約が優先する従前の合意を列挙する形に限定する方法があります。
1回だけの取引でも基本契約は必要ですか?
1回限りなら、基本契約と個別売買契約の性格を1通に持たせる一体型の契約書でも足ります。その場合は、単発で終わったときは納品・検収の完了で契約が終了し、継続したときは自動更新する、という終了と更新の定めを必ず置きます。
あわせて読みたい、関連する別のガイド
- 販売店契約書(特約店契約書):再販売型の個別売買・価格・責任代理店・フランチャイズの契約書ガイド
- コンサルティング契約書の「形」:準委任と書類の階層コンサルティング契約・顧問契約・業務提携の契約書ガイド
あわせて読みたいページ
本ページは一般的な情報提供を目的としています。個別の取引への当てはめは、取引の実態や当事者の規模によって結論が変わることがあります。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が作成・レビューしてきた取引基本契約書、売買契約書、製造委託基本契約書、OEM契約書、委託販売契約書、卸売契約書、輸入品の売買契約書、レビュー報告書とご説明書などを、個別の事業者や商品が特定できない形に整理したものです。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月16日)。参考: e-Gov法令検索