このページの要点
- 危険は原則として引渡しで買主に移る(民法567条1項)。所有権の移転時期は、引渡し・検収合格・代金完済から選ぶ。
- 原料を売り渡す売買の連鎖にしたら、所有権・危険・相殺・期限の利益の喪失を一式で入れる。
- 所有権留保には、留保中の処分禁止、無催告の返還請求と費用、立入りへの協力、完済後の名義変更を書く。
- 委託販売は売れるまで製造者の所有、卸売は仕入れで移転。直送の所有権の経路も書く。
結論:所有権の移転・危険の移転・代金の回収は別々に決め、時期をずらすなら理由まで書く
商品の取引で「所有権がいつ移るか」と「危険がいつ移るか」は、似ているようで別の問題です。所有権は、その物が誰のものかという問題で、転売や担保の設定ができるか、相手方が倒産したときに取り戻せるかに関わります。危険とは、当事者のどちらの責任でもない事故(火災、災害、輸送中の事故など)で物が滅失・損傷したときに、その損失をどちらが負うかという問題です。この二つの時期が契約で決まっていない、又は意図せずずれている、というのが事務所の書類に繰り返し現れる問題です。
アトラス行政書士法人が作成・レビューしてきた売買契約・製造委託契約・委託販売契約では、所有権の移転時期として「引渡しの時」「検収(検査)合格の時」「代金完済の時」のいずれかを選び、危険の移転時期は原則として引渡しの時に置いたうえで、代金の回収の手段(所有権留保、相殺、期限の利益の喪失)を組み合わせています。所有権を代金完済まで売主に残す「所有権留保」は回収のための強力な手段ですが、引渡し後に買主が物を使ったり転売したりする実務と噛み合わないと、かえって使えない条項になります。
このページでは、民法の基本、事務所の書類にある移転時期の例、売買の連鎖に切り替えたときに必要になる条項、所有権留保の書き方、保管中のリスク、委託販売と卸での所有権を整理します。検収の日数は検収条項と商法526条、海外との取引でのインコタームズによる危険の移転は輸入品・海外製造品・海外向け販売のページで扱います。
民法の基本と、事務所の書類にある移転時期の例
民法567条1項は、売主が買主に目的物(売買の目的として特定したもの)を引き渡した場合、引渡しの後に当事者双方の責めに帰することができない事由で滅失・損傷したときは、買主はそれを理由に追完・減額・損害賠償・解除を求めることができず、代金の支払も拒めない、と定めています。つまり危険は、原則として引渡しによって買主に移ります。同条2項は、売主が契約に適合する物の引渡しを提供したのに、買主が受け取らない、又は受け取れない場合に、その提供の後の滅失・損傷についても同様としています。受領の遅れのリスクは買主が負う、という定めです。
所有権がいつ移るかは、契約で決めるのが通常です。事務所の書類を並べると、立場と商材によって選び方がはっきり分かれます。
所有権と危険の移転時期(事務所の書類にある例)
| 書類(立場) | 所有権の移転 | 危険の移転 |
|---|---|---|
| 共同開発品の取引基本契約(窓口側) | 原料・製品それぞれ引渡しの時 | 引渡しの時 |
| クラフトビールの受託醸造(受託者側) | 引渡しを受け、かつ代金を完済した時(所有権留保) | 引渡しの時 |
| デザイン商品の製造委託(委託者側) | 委託者の検査合格の時 | 納品完了まで受託者 |
| 焼菓子の売買基本契約(製造者側) | 委託者の検収の時 | 委託者の検収の時 |
| 海外製設備の売買(売主側) | 一切の金銭債務の完済の時(所有権留保) | 納品場所に到着し受領可能になった時 |
| 輸入したユニット建物の売買(売主側) | 代金全額の完納の時 | (前払金の完納後に生産開始) |
| 食品の委託販売(製造者と販売者) | 販売者が第三者に販売・引渡しした時に、製造者から第三者へ直接 | (製造者に留保) |
| 物品購入・設置の基本契約(売主側の修正) | 検収合格通知の到達の時 | 検収前に買主が使用を開始したら移転とみなすことができる |
| 事業承継に伴う農業機械等の売買(個人間) | 引渡日と同時 | 引渡日以降は原因を問わず買主(売主の故意・重過失を除く) |
委託者・買主側は検査合格まで所有権を移さない方向に、売主・受託者側は代金の完済まで所有権を残す方向に書く傾向があります。危険は多くの書類で引渡しを基準にしています。
売買の連鎖に切り替えたら、所有権・危険・相殺・期限の利益が必須になる
共同開発した製品について、販売窓口の会社と製造者の間の取引を定める基本契約を、窓口側の依頼でレビューした案件では、依頼者の回答によって、原則の取引ルートが「窓口の会社が原料を仕入れて製造者に売り、製造者が製造した製品を窓口の会社が仕入れて客先に売る」という売買の連鎖であることが確定しました。原料を預けて加工だけを頼む委託加工であれば、原料の所有権は最初から最後まで窓口の会社にあります。しかし売買の連鎖では、原料の所有権はいったん製造者に移り、製品になってから窓口の会社に戻ってきます。
この構造では、所有権・危険・相殺・期限の利益の喪失の条項が欠かせません。改訂版では、原料と製品のそれぞれについて、引渡しの時に売主から買主へ所有権と危険が移ると定めました。そのうえで、窓口の会社は原料代金の債権などと製品代金の債務とを弁済期の前後を問わず相殺できるとし、製造者に倒産手続の申立てなどがあれば当然に、その他の事由では通知によって期限の利益を失う、としています。窓口の会社が原料代の売掛を抱える構造なので、製造者の信用不安が生じたときに、製品代金との相殺で原料代を回収できるようにするためです。取引の形を変えたら、それに伴って必要になる条項を一式で入れ替えることが大切です。相殺の書き方は価格・価格改定・支払条件のページで扱っています。
売買の連鎖での所有権と危険の動き(改訂版)
- 原料の売渡し窓口の会社が仕入れた原料を製造者に売り渡す引渡しで所有権・危険が製造者へ
- 製造製造者が自己の所有する原料で製品を製造する
- 製品の売渡し製造者が製品を窓口の会社に売り渡す引渡しで所有権・危険が窓口の会社へ
- 代金の精算原料代金の債権と製品代金の債務を相殺できる相殺
- 信用不安倒産手続の申立て等は当然に、その他は通知で期限の利益を失う期限の利益の喪失
所有権留保:代金を払ってもらうまで所有権を残すには、何を書くか
所有権留保とは、物は先に引き渡すが、代金が完済されるまで所有権を売主に残しておく約束です。買主が代金を払わないまま倒産しそうになったとき、売主は自分の物として返還を求める根拠を持てます。ただし、条項に「所有権は代金完済まで売主に留保する」と一行書くだけでは、実際にはほとんど機能しません。留保している間に買主が何をしてよいのか、不払いのときに売主が何をできるのか、を具体的に書く必要があります。
海外で製造する生産設備の売主側の契約書では、所有権は売買代金その他買主が負担する一切の金銭債務の完済まで売主に留保する、としたうえで、次の定めを置きました。留保している間、買主は売主の書面による承諾なく設備を第三者に譲渡・貸与・担保提供その他の処分をしてはならないこと。買主の契約違反や支払の遅れがあれば、売主は催告なしに設備の返還・引渡し・占有の回復を求められること。そのときの撤去・搬出・輸送などの費用は買主が負担すること。買主は、売主が設備の所在の確認と回収のために設置場所へ立ち入ることに協力すること、です。この契約では、代金の50%を契約後7日以内に、残額を海外の工場からの出荷予定日の前日までに支払い、入金を確認してから出荷する、という支払条件と組み合わせています。所有権留保に頼る前に、前払いで回収のリスクを小さくしているわけです。
輸入したユニット建物の売主側の契約でも、所有権は代金全額の完納の時に移るとし、前払金の完納を確認してから生産を始める作りにしました。受注生産の物は、注文を取り消されると他に売れないため、所有権留保と前払いを組み合わせて二重に守ります。
個人間の自動車の売買(分割払い)をレビューした別の案件では、所有権留保を自動車検査証の所有者欄で示す設計を、登録自動車について適切と評価しました。登録が必要な物では、登録の名義と所有権留保を一致させておくことが、第三者に対して留保を主張する前提になるからです。同時に、完済後の名義変更への売主の協力義務と、車両保険の付保の定めが抜けていることを指摘しています。所有権留保の条項には、留保が終わるときの手続も必要です。
条文例 第○条(所有権の留保)
- 本製品の所有権は、乙が本契約に基づき甲に対して負担する一切の金銭債務を完済した時に、甲から乙に移転する。
- 乙は、前項により所有権が甲に留保されている間、甲の事前の書面による承諾なく、本製品を第三者に譲渡し、貸与し、担保に供し、その他一切の処分をしてはならない。
- 乙が代金の支払を怠り、又は本契約に違反したときは、甲は、催告を要することなく、本製品の返還又は占有の回復を求めることができる。この場合の撤去、搬出及び輸送に要する費用は乙の負担とする。
- 乙は、甲が前項の権利を行使するために必要な範囲で、本製品の所在場所への甲の立入り及び本製品の確認・回収に協力する。
- 乙が債務を完済したときは、甲は、本製品の所有権の移転に必要な手続(登録・名義の変更を要するものはその手続を含む。)に協力する。
転売が前提の商品(卸売の在庫など)に2項をそのまま置くと、通常の販売まで禁止することになります。転売を予定する商品では、通常の営業の範囲での販売を認め、その代金の扱いを別に決めます。
保管中・引取りの遅れ・検収前の使用:危険の移転をめぐる特則
危険は引渡しで移るのが原則ですが、引渡しの前後で物が売主の設備に残る場面では、特則が必要になります。クラフトビールの受託醸造の契約では、修正版で、受託者の冷蔵設備を委託者の商品の保管場所として使う場合に、停電その他の不可抗力で設備に故障が生じ商品が損なわれたときは、原因や設備の管理状況などを踏まえて協議して負担を決める、という特則を加えました。引渡しの後も物が受託者の手元に残るため、危険の原則をそのまま当てはめると、委託者の物を預かる受託者の責任が曖昧になるからです。
焼菓子のOEMの製造者側の契約書では、委託者の引取りが遅れている間の保管費は委託者が負担し、その間の毀損・劣化のリスクは製造者が負わない、と定めました。民法567条2項の考え方を、具体的な費用とリスクの配分に落としたものです。物品購入・設置の売主側の修正版では、買主の受入れ準備の不足や不在で引渡しができない、又は遅れた場合の保管費・再輸送費は売主の責任の外とし、さらに、検収の前でも買主が使用を始めたら危険と所有権が移転したものとみなすことができる、としました。買主が検収を終えないまま使い続ける事態に備える定めです。
同じ売主側の契約では、所有権は検収合格の通知が到達した時に移り、それまでの保管・管理の責任は売主が負う、という原案の定めは維持しました。意思表示は、その通知が相手方に到達した時から効力を生じます(民法97条1項)。合格の通知の到達を所有権の移転の時点にするなら、通知の方法(書面・電子メール・システム)と、到達を確認できる記録の残し方を、検収の条とあわせて決めておく必要があります。通知の方法が決まっていなければ、いつ到達したのかが分からず、所有権の移転の時期も決まりません。
輸送中の危険も、引渡しの定義と結び付けて書きます。海外製設備の売主側の契約書では、引渡しは設備が納品場所に到着し、買主が受領できる状態になった時点で完了すると定義し、それより前の輸送中の事故・破損・滅失については、売主が自らの責任と費用で、合理的な範囲で修理・補修・代替品の提供などの対応をする、としました。一方で、売主の責めに帰することのできない輸送事故などで設備の再製作・再調達・再輸送が必要になった場合は、それに伴う納期の延長について売主は責任を負わない、とも定めています。輸送中の危険は売主が負うが、作り直しにかかる時間の遅れまでは負わない、という切り分けです。化粧品の双方向型の仕入・販売契約では、配送中の危険はインコタームズ(国際商業会議所が定める貿易取引条件の解釈の規則)・運送契約・別途の合意に従い、定めがなければ契約で指定した側が定める納品場所で移転する、としました。「引渡し」が到着の時なのか、運送会社に渡した時なのかを決めておかないと、輸送中の事故の負担はいつまでも決まりません。
委託者側のデザイン商品の製造委託契約では、所有権は検査合格の時、危険は納品完了まで受託者、と時期をずらしたうえで、修正版2で「危険の移転は、所有権の移転時期、検査、契約不適合責任、リコール対応等に影響しない」と明記しました。危険が移った後でも、製造上の欠陥についての責任は残る、という確認です。危険の移転と責任の消滅を混同されないための一文で、委託者の立場では入れておく価値があります。
委託販売・卸売での所有権:売れ残りは誰のものか
委託販売(販売を任された者が、所有者のために商品を売り、手数料を受け取る取引)では、売れるまで商品は所有者のものです。食品(精肉・調味料)の委託販売の契約の整備版では、所有権は製造者に留保し、販売者が第三者に販売・引渡しした時に、製造者から第三者へ直接移転するとしました。販売者は製造者の名義で在庫を管理し、在庫に担保を設定したり処分したりしてはならない、としています。販売者が倒産しても、在庫は製造者の物として取り戻せる、という設計です。
反対に、仕入れて再販売する卸売の取引では、所有権は卸業者に移ります。化粧品・食品素材の掛率による取引の契約では、所有権・危険とも卸業者が指定した運送会社などに引き渡した時点で移転するとしました。化粧品の卸の取引基本契約では、卸業者又はその顧客に納品された時に、メーカーから卸業者とその顧客へ順次移転する、という書き方をしています。直送の取引では、所有権が誰を経由してどこへ移るのかを書いておかないと、途中の当事者の倒産のときに扱いが分かれます。委託販売と卸売の構造の違いは卸売・委託販売と流通の制限のページで詳しく扱います。
所有権の条項を、立場でどう書くか
売主・製造者側
- 所有権は代金完済まで留保し、留保中の処分禁止・返還請求・立入協力を書く。
- 受注生産品は前払いと出荷前の残金の支払を組み合わせる。
- 買主の受入れ準備不足による保管費・再輸送費を負わない。
- 検収前に使用されたら、危険と所有権が移ったものとみなす。
買主・委託者側
- 所有権は検査合格の時に移し、それまでの保管責任は売主に置く。
- 危険の移転は、契約不適合責任やリコール対応に影響しないと明記する。
- 転売を予定する商品は、通常の営業での販売を所有権留保の例外にする。
- 直送の場合の所有権の経路(順次移転か直接移転か)を書く。
事業承継の動産売買と、ヒヤリングで確かめること
事業者間の取引の中には、事業を引き継ぐときに設備や車両をまとめて売り買いするものもあります。農業の事業承継に伴って農業機械・車両・設備を個人間で売買する契約では、引渡日と同時に所有権が移り、車両の移転登録は引渡日までに行うとしました。引渡日以降の危険は原因を問わず買主が負い(売主の故意・重過失を除く)、滅失しても代金の減額や支払の拒絶はできない、としています。使用済みの機械を現状のまま引き継ぐ取引なので、現状有姿(現在の状態のまま引き渡すこと)とし、契約不適合責任は負わないが、売主が知りながら告げなかった重要な瑕疵は除く、と定めました。中古の設備の売買では、引渡しの時点と登録の時点、責任を負わない範囲の例外を、具体的に書くことが争いを防ぎます。
ヒヤリング控所有権・危険・回収
- 代金は前払い、引渡しと同時、後払い(掛け)のどれですか。所有権留保の要否と、前払いとの組合せを決めます。
- 買主は引き取った物を転売しますか、自社で使いますか。所有権留保中の処分禁止の範囲と例外を決めます。
- 登録が必要な物(車両など)は含まれますか。登録の名義と所有権の移転の手続を一致させます。
- 引渡しの後も、物が自社の倉庫や設備に残ることはありますか。保管中の危険と費用の特則を置きます。
- 買主が検収を終えないまま使い始めることはありますか。使用開始による危険・所有権の移転のみなしを検討します。
- 相手方に対して、別の代金債権(原料代など)を持っていますか。相殺と期限の利益の喪失の条項を組み合わせます。
起きがちなこと
所有権と危険の条項は、発注の撤回や取引の終了で在庫が残ったときの扱いとも関係します。発注の撤回・在庫・最低発注量のページもあわせてご覧ください。
よくあるご質問
所有権が移るのはいつと決めるのが一般的ですか?危険の移転と同じでなくてよいのですか?
所有権の移転は、引渡しの時、検収合格の時、代金完済の時のいずれかを契約で選ぶのが通常で、危険は引渡しの時を基準にする書類が多く見られます(民法567条1項も引渡しを基準にしています)。時期をずらしても構いませんが、ずらすなら、危険の移転が契約不適合責任に影響しないことなど、関係を条文で確認しておきます。
代金を払ってもらうまで所有権を残したい場合、何を書けばよいですか?
留保の対象となる債務(代金だけか、一切の金銭債務か)、留保中の譲渡・貸与・担保提供の禁止、不払い・違反のときの返還請求と費用負担、回収のための立入りへの協力、完済後の名義変更への協力を書きます。受注生産品では、前払いや出荷前の残金の支払と組み合わせる方法もあります。
委託販売で売れ残った商品は誰のものですか?
委託販売では、販売されるまで商品は委託者(製造者など)のものとするのが通常です。所有権は製造者に留保し、販売者が第三者に販売した時に製造者から第三者へ直接移転する、販売者は製造者の名義で在庫を管理し担保設定や処分をしない、と定めた例があります。
引渡しの後に倉庫で預かっている商品が災害で損なわれたら、誰の負担ですか?
引渡し後の滅失・損傷は原則として買主の負担ですが(民法567条1項)、売主の設備で保管を続ける場合は、契約で特則を置いておかないと争いになります。保管場所として売主の設備を使う場合の不可抗力による損害は、原因や管理状況を踏まえて協議して決める、とした例があります。
買主が検収をしないまま商品を使い始めた場合は、どうなりますか?
契約に定めがなければ、所有権や危険が移ったのかどうかが争いになります。検収の前でも買主が使用を開始したら、危険と所有権が移転したものとみなすことができる、という定めを売主側の修正で加えた例があります。
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